プロフィール | 十和田市議会議員 せきのはたのりお


十和田市議会議員せきのはたのりお



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 小学校で児童会長、中学では生徒会長を勤めた私は、高校では今までと違った角度から自分を見つめようと、敢えてのんびりとした3年間を過ごした。高校卒業後は東京警視庁に勤めながら夜間大学(政治学科)に通い「鉄の女マーガレット・サッチャー」を研究し、政治に対する漠然とした思いが現実味を持つきっかけとなった。警察学校ではクラスの三役やまとめ役、また大学ではゼミの長を任され、帰郷してからは職場の工場長、地域では青年団の団長を勤めた。そして、34歳で十和田湖町町議会議員に初挑戦!当時の良きにつけ悪しきにつけ「安定」した町政に対し、『新たな風を吹き込むべき』と訴え、大勢の方から賛同を得、当選の栄を獲得。

 以来、町政そして合併後は市政の発展のため日夜努力し、「政治とは、議員とはどうあるべきか」を常に自問自答しながらの毎日を送っている。

年表

1968年
誕生(6月27日)父博輝と母チヨの間に期待に添えない!?次男 が生まれた。なぜ期待に添えなかったのか。二人は女の子が欲しかったのである。男の子名はのり お。名付け親は亡き祖父兼次郎。発展の「展」に英雄の「雄」と書いて「のりお」と読む。選挙向きの苗字と名前ではないのですが、今は一度で覚えてもらえます。
1974年
小学校沢田小学校では野球部でキャプテン。児童会長も経験。体格も良く健康優良児にも選ばれた。ただし、身長はここで止まってしまう。
1981年
中学校十和田湖第一中学校でも野球部でキャプテン、生徒会長。と進歩がないように見えるかもしれないが、スキーはかなりのめり込み、後に(高2)SAJ1級を取得した。
1984年
高校三本木高校では、さすがに野球も生徒会も一休み。いろんな意味で充電期間となった。
1988年
警視庁と国士舘大学そして、東京警視庁へ。まずは一年間、日本で一番厳しいといわれる全寮制の警察学校で、朝から晩まで、精神と肉体をとことん鍛えられた。もちろん頭脳も。今思えばよく耐え抜いたと思う。その 後、交番勤務、パトカー勤務を経て、第四機動隊へ。この間5年。
2002年
人生の転機(01月01日)警察学校を卒業後、警察官として仕事を しながら、国士舘大学政治経済学科政治学部の二部(夜間)に通った。そして、大学卒業と同時に兄から実家の全権限を譲り受け、帰郷。00年に結婚し自分にはもったいないほどの「かみさん」をゲット! 9年間、木材の加工の仕事をしていたが、02年突如、漠然と思い描いていた政治の世界に飛び込む。のりお34歳であった。
2005年
議員としてまず、真正面からぶつかったのは、十和田湖町と十和田市の合併問題。様々な問題提起をし、最終的には合併は必要であるとの考えから賛成。05年新十和田市が誕生した。若いからこそ、型にはまらず、時には無謀!?と思われる発言・行動でも、全ては十和田市発展のため、ただそれだけである

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